好きではないこと、興味のないこと、へ向かわせるコミュニケーション

サイエンスコミュニケーションと呼ばれる活動を一言で表すことは難しい。科学技術をテーマに、知識、関心、立場が異なる人々が対話、相互理解、合意形成といったコミュニケーションを成り立たせる活動がサイエンスコミュニケーションである。

科学や技術、というと難しい活動や専門的な話のように聞こえるかもしれないが、私たちの日々接しているインターネットは最先端の技術であり、2020年に大流行した新型コロナウイルス感染症、その対策として手洗いを頻繁に行うことも科学に裏付けられた活動である。一方で手を洗うことと次亜塩素酸水を空中散布して空間除菌をすることはどちらが有効なのか、新しく開発された5Gってこれまでの電波と違うのか、といった日常接していた科学技術について少し詳しく知ろうと思うと、急に科学や技術は専門的になってくる。

難しい科学や最先端の技術を分かりやすく魅力的に伝える活動、それは科学コミュニケーションの重要な目的の一つである。そもそも科学分野にまつわる専門的な知識は、専門的な教育機関でのトレーニングを通して、時間をかけて獲得される。例えば、科学は小学校1年生の理科から始まり、専門家と見なされるための大学院博士課程を修了するまで、順調に進んでも20年以上の学習が必要となる。そのため、先端的な科学の情報はどうしてもごく一部の専門家しか理解できない分野となってしまう。一度、科学を学ぶことをやめてしまうと、全く未知の世界になってしまう…、なんてことがないように、専門教育の枠を飛び出して科学を伝えることは、サイエンスコミュニケーションを行う意義の一つである。

もう一つ、サイエンスコミュニケーションには大切な役割がある。それは科学技術が関わる社会的議論、意思決定を、よりよい形にしていくという役割である。そもそも科学や技術に触れずに、私たちの暮らしは成り立つことは難しい。病気のメカニズム、日々の生活を支えるエネルギー、年々加速する地球温暖化など、現在、そして将来の暮らしに科学技術は必要不可欠である。そして私たちの社会はどんな科学技術を選択するのかについては、科学技術を研究する専門家だけでは決められない。

 

例えば、東日本大震災で発生した福島第一原子力発電所の事故を受け、日本では2020年の2月の時点で24基が廃炉となり、審査中などの理由で稼働できていない原子炉が27基存在する。これは事故を受け、2013年に世界で最も厳しい水準の規制基準が策定されたためである。どこまでの安全基準を求めるかは、経済的、社会的、政治的、そして科学的、技術的観点から多角的に判断する必要がある。

このような例は、原子力発電の事例に限らず、例えばゲノム編集で遺伝型の病気をあらかじめ防ぐ子どもを設けることは是か非か、そして現在進行中の新しく開発されたRNAワクチンをどれくらいのスピードで承認するかなど様々なトピックに及ぶ。全員が納得する形での合議というのは難しいのかもしれないが、それでもなるべく多くのステークホルダーを巻き込んでいく、一方的な決定ではなく協調的な対話の在り方を探っていくという観点は、知識だけでなく、関心や信頼を高めるといった観点からのアプローチも重要になってくる。科学が社会に実装される際の軋轢やリスクを軽減するためにコミュニケーションの場をデザインしていくことも、サイエンスコミュニケーションの重要な意義である。

ただ、サイエンスコミュニケーションは実施すれば成功するという活動ではない。サイエンスコミュニケーションでは、まず普段、接点のない世界の入り口を作ったり、普段交わらない人々の出会いをどう生み出していくの、というところから考えていく必要がある。これは意外に難しい「問い」である。

 

オンライン上のソーシャルネットワークサービスが発展したことにより、我々の世界は以前よりもっと自分の好きなもの、似た考えの人と出会うことが容易になっている。一方、自分の興味のないもの、考えや背景が違う人と出会い、そこにコミュニケーションコストを払っていくのは、好きなものを超える以上のパワーで巻き込まないといけない。しかも内容は専門的で複雑、なおかつ考え方や前提知識が違う人と対話したりというのはストレスもたまるだろう。

 

それでも知りたい、対話したいと思わせる、そんなパワーをどのように生み出し、仕掛けることができるのか。サイエンスコミュニケーションの活動とは、そのような「問い」に向き合い、仕掛けを実践し、評価していく活動なのだ。