自分事化という劇薬

こちらは転載記事です。元記事はこちら


科学技術コミュニケーションの観点からアートを学ぶ「札幌可視化プロジェクト」実習。科学技術コミュニケーションとアートの掛け算は、なんとなくおしゃれで先端的な印象を持たれるかもしれません。しかしその組み合わせがもたらす可能性を焦点化し、言語化するのは容易ではないと私は感じています。

アートは、メディアというにはあまりにも婉曲的、にもかかわらず直接的で、伝わらない部分と伝え過ぎてしまう部分の両方を併せ持つ劇薬的なコミュニケーションです。そうやすやすと自分達の目的のために便利使いできる代物ではありません。

あいちトリエンナーレに展示されていた小田原のどかさんの《↓ (1946-1948 / 1923-1951) 》という作品は、一見すると美しいネオンの彫刻です。しかしその造形を紐解くと、長崎の原爆爆心地にかつて刺さっていた矢形標柱を模しています。


(明るく輝く矢形標柱)


なぜ爆心地にこのような構造物が建てられたのか、そしてその後の長崎における原爆慰霊碑を巡る一筋縄ではいかない経緯を小田原さんは論文の形でまとめ、展示の脇で配布しています。



(日英表記で書かれた論文)



小田原さんは、アーティストでありながら、研究者でもあります。論文と彫刻、この二つのメディアから同時に情報を受け取ることにより、彫刻だけでも、論文だけでも、伝えられないことがあることが分かります。

慰霊を表象することを巡る人々の繊細な葛藤は、彫刻だけでは汲み取ることができません。一方で、小田原さんは矢形標柱を実物そっくりに再現するのではなく、ネオン管で表現しました。その現実を超えたフィクションは、逆説的に祈りと慰霊に対する軽薄さを実感させます。アートが生み出すフィクションは、データと事実の追認で構築される研究が抽出した様相とは異なる、しかしある一つの世界の様相を可視化してくれます。強調、ジレンマ、比較、仮定、矛盾、合成などの表現を通して、アートは事実を再構成し、事実よりも広い対象や場面に当てはめられる抽象化を行っていきます。長崎の爆心地に建てられた矢形標柱は、あの時代のあの場所に建てられた彫刻ですが、小田原さんが豊橋市に建てたネオン管の矢形標柱は、よりアノニマスであり現在進行形の形を持っています。

フィクション化は事実を抽象化し、その適応範囲を広げていきます。一方で、フィクションという表現は、虚構化した部分の意図を探られ、その部分が意図として強く伝わりすぎるという課題も持ちます。誰かのどこかの物語を、今の自分の物語にするために、アートは現実から新しい世界を創造していきます。



(キャンディス・ブレイツの《Love Story》 /2016という作品は、難民のインタビュー動画と、その動画の話をハリウッドの実力派俳優が演じるという二つの映像を使っています。何が語られるかだけでなく、誰が、どう語るのかによって印象が変わってしまうことが自ずと体験できます。)


しかし自分事となった途端に、心中穏やかではいれられないのもまた事実。科学技術コミュニケーションは自分事化するという劇薬をどこまで使いこなせるのでしょうか。そしてその薬を用いた際に、どのようなコミュニケーションの蓋をあけてしまうのでしょうか。他人の物語であるからこそ許されていた安寧を破った先にあるコミュニケーションについて、私たちはアートを通して再考する必要があるのです。


奥本素子

© 2016 Museology Lab

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